延対寺荘とは
延対寺荘とは
料理旅館としての伝統の技お一人お一人のお客様に最良のおもてなしをご用意。
明治33年富山県高岡市にて唯一の料理旅館「延對寺旅館」として創業。
竹久夢二・与謝野晶子・川端康成など様々な作家・文化人の方々に愛され、
多くのお客様にご愛顧いただいてまいりました。
選ばれる
五つの理由
黒部峡谷、
黒部川を臨む絶景
中部山岳国立公園に位置する黒部峡谷は、北アルプスの隆起とともに長い年月をかけて形成されたV字の大峡谷で、世界に誇れる雄大な自然美を堪能できます。峡谷の入口に建つ延対寺荘では、春の芽吹く新緑、夏の力強い緑、秋に峡谷を彩る赤や黄の紅葉、冬の静寂に包まれる雪景色と、四季折々の絶景が目の前に広がります。
さらに、立山連峰に積もる雪が時をかけて溶け出した黒部川は、名水百選にも選ばれる清流。せせらぎは心地よく、豊かなミネラルを含んだ水は肥沃な土壌を育み、お米をはじめ数々の農作物を実らせています。

源泉かけ流しの
美肌の湯
宇奈月温泉の源泉は、7.5km程黒部川上流にある黒薙(くろなぎ)にあり、そこから引湯管を伝って毎日、新鮮なお湯が宇奈月温泉街に供給されています。泉質は無色無臭のアルカリ性単純泉。黒部川と同様、高い透明度を誇ります。
黒部峡谷の大自然によって磨きぬかれた温泉は、お肌に優しく、化粧水にも含まれるメタケイ酸が多く含まれ美肌効果が高いのが特徴で、じんわりじんわりとお肌にとけこんでいき、”つべつべ(富山弁ですべすべやつるつるの意)”のお肌の感触を得られます。
記念日の宿
せっかくのご旅行を一味違うものにする為に、お誕生日はもちろん、ご婚約やご結婚、ご出産やご長寿のお祝い、歓送迎会等、大切な方との大事なひとときを想い出深いものにすることをお手伝いできる、『記念日の宿』として多くのお客様にご利用頂いています。ケーキや花束、貸ちゃんちゃんこ、記念撮影、サプライズの演出、多岐にわたり対応しております。事前にお申しつけ、ご相談ください。
富山の幸を使った
会席料理の源流
明治33年、料理旅館として歴史をスタートさせた「延対寺荘」。老舗料理旅館として伝統の技を受け継ぐ当館の調理場は、今なお多方面で活躍する料理人を多く輩出しており、富山の幸を使った会席料理の源流と言えます。開業以来の料理哲学によって養われた料理人の「目」と「技」で、富山湾で水揚げされた朝獲れの海の幸の美味しさをより一層引き出したお料理をお楽しみいただけます。
黒部峡谷に面した
貸切風呂
お客様のご要望やお声にお応えして、季節の移り変わりを黒部峡谷から感じられる貸切露天風呂(半露天)を新設いたしました。それぞれ大きさや趣が違い、どれも大切な方やご家族との時間を、誰にも邪魔をされることなくお過ごし頂けます。カップルやご夫婦でのご利用や、女子会やご家族でのご利用にお役立ていただいております。温泉旅館でしか味わえない、よりプライベートな湯浴みをお楽しみください。

延対寺荘の
歴史について
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昭和天皇・皇后陛下 御来館 創業明治三十三年、
文人墨客がこよなく愛した老舗旅館総理大臣経験者から著名な文人墨客まで、数多くのお客様に親しんでいただきました。
大福戦争と言われた自民党総裁選の際、富山県での演説会場で登壇した福田元総理が演説の冒頭に、「私が役人であった若い頃、富山県知事は矢野兼三という方であったが、知事さんの依頼を受けてお手伝いのためよく富山県へ来たものです。いつも宿泊したのは寺でもないのに、延対寺という高岡市の旅館でした。」と切り出されたことがございます。 -
「延対寺荘」の創業者
延対寺みよ・正力松太郎氏明治三十三年創業 延對寺旅館
延対寺荘の創業者、延対寺みよが高岡市に料理旅館「延對寺旅館」を開業したのは、明治33年、高岡大火からの復興期のことです。お客様への細やかな配慮や卓越した経営手腕により、多くの方々から信頼を得ました。当時は県内を訪れる皇族や貴賓の宿として利用され、総理経験者(福田赳夫氏・清浦奎吾氏・池田勇人氏)や地方の名士、さらには読売新聞社主・正力松太郎氏も、帰郷の際には延対寺を自宅のようにご利用になりました。
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大正時代初期 宇奈月温泉誕生
大正時代初期、高峰譲吉博士が電源開発を黒部川上流に求めたところから宇奈月温泉が誕生しました。高峰博士の親戚にあたる木津元高岡市長の斡旋によって、みよが大正十四年に「延對寺旅館」(高岡)の宇奈月別館を開業。これが現在の「延対寺荘」でございます。
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最も眺望のよい現在の場所に建設 この時の逸話を一つ
土地選定の際、延対寺荘は宇奈月温泉の中でも駅から最も離れた黒部川本流沿いの現在地に建設を希望しました。山田胖ら温泉開発関係者は、対岸からの「弥太蔵おろし」という突風のため建築は危険と助言し、計画変更を促しました。しかし延対寺みよは希望通り、眺望のよい現在地に木造三階建てを建築するという決断を実行しました。地鎮祭では強風で天幕が舞い上がり、出席者一同驚いたといいます。
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ライシャワー米駐日大使・ハル夫人 昭和二十一年 宇奈月大火からの再建
また、昭和二十一年の宇奈月大火の際には、延対寺荘も焼失しましたが延対寺みよは口癖の「どうなる!」(仕方ない・諦めようを意味する富山弁)の一言ですっぱり気持ちを切り替え、再建に奮闘したのであります。
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川端康成氏 著名な文人墨客に親しんでいただいた延対寺荘
昭和三年六月十日には、宇奈月温泉に旅行に来られた画家・詩人の竹久夢二氏が知友であった小説家の翁久允氏や漫画家の麻生豊氏、詩人の福田正夫氏らとご宿泊。その他、与謝野晶子氏や川端康成氏といった著名な文人墨客に親しんでいただきました。
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内閣総理大臣 岸信介氏 富山県の迎賓館 延対寺荘
さらに高岡の本店と同じように、富山県の迎賓館的役割を担わせていただいております。富山県植樹祭には昭和天皇・皇后様を、昭和59年5月には元アメリカ大統領カーター氏もお迎えしております。 また、昭和三十年後半の黒四ダム完成前後には、先進各国の建設相クラスによる国際大ダム会議を機に財界人・文化人の方々が大挙して連日ご宿泊いただきました。
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「延對寺旅館」の伝統を継承した「延対寺荘」
現在はここ宇奈月温泉「延対寺荘」によって、「延對寺旅館」の伝統を継承し、皆様方のお越しを心よりお待ち申し上げております。
延対寺荘の
歩みを辿る
延対寺荘の館内には、時代を超えて大切に守られてきた調度品が静かに息づいています。中でも目を引くのは、昭和44年の豪雨で黒部川が大きな被害を受けた折に、川端康成氏から寄せられたお見舞いの手紙。品々に宿る物語を辿ることで、この地と旅館の歩みをより深く感じていただけます。
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座馬井邨(ざんませいそん)氏の書 -
竹久夢二氏、渋沢栄一氏、与謝野晶子氏の書 -
延対寺荘に宿泊した著名人の色紙
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